マカロンの日記

スカイライン400RとSUPER GTに夢中!!

”黒”と”紺”の区別がつかなくなる前に

こんにちは。マカロンです。

歳を重ねると物事をネガティブに捉えがちになるけれど、考えてみればできることはまだまだたくさんある。そのうちのひとつが色の区別。

以前、姑と百貨店に出掛けて、あるショップに入ったときのこと。スタッフとの何気ない会話の中で、姑は黒と紺の区別がつかないことがわかった。彼女は紺色のトップスを着ていたのだが、本人は黒のつもりだったらしい。

40代は今の自分と20代、30代のときの自分を比べてため息をつき、落ち込んだりしがち。そうやってどんどん臆病になりなんでもかんでも諦めることが習慣化していくようになる。

一方、ファッション雑誌や評論家たちは老化に少なからずショックを受け、戸惑い、弱気になり、自己肯定感の低くなったお年頃の女性たちをやり玉に挙げて、やれ「痛い」だの「おブス」だの散々扱き下ろした挙げ句、自分たちが売りたい服を売りつけようとする。しかし、このコロナ禍、ここ数年購入してきた洋服たちを落ち着いて眺めてみると、なんだか面白味がない。一言で言って、少しも気分が上がらない。ファッションの専門家の言っていることは、それなりに理屈が通っているのはわかるのだが、「着て楽しくない」というのはいかがなものか。そもそも彼らが私たちの幸せを考えているとは思えない。会ったことすらないのだから、私たちひとりひとりの幸せなどわかるはずもない。私は気づいてしまった。そんな彼らに忖度して私たちの貴重な時間とお金を注ぎ込んで何になる?

服は着る本人が幸せにならないと意味がない。自分を客観的に見るために「鏡」という道具が存在する。鏡でチェックして、自分にOKが出せるようなら、好きな服を来て楽しめばいいのだ。

40代にもなれば、「痛い」か「痛くない」の判断力は大概は持ち合わせている。「痛い」と感じれば、「痛い」部分のアイテムを「痛くない」アイテムに置き換える。そして鏡でチェック。その作業を繰り返し、「痛くなくなるまで」修正していけばいい。ファッション誌はあくまで参考値。鏡の前に立ったときに自然と笑顔になれるコーディネート、それが自分にとっての「正解」なのである。

黒と紺の区別がつかなくなるまでにはまだしばらく時間がある。しかし無限ではない。だからこそ、今できることをとことん楽しむ勇気を持ちたい。

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